受験に恋愛は無駄なのか


日本最難関の東京大学理科3類。
そんな受験生のあこがれの場所に息子3人を合格させた母が一転して批判の的となりました。はたして…

『受験に恋愛は無駄です』

全国屈指の難関私立灘高校から日本で最も難易度の高い大学東京大学の中でも1年で100人しかその椅子が用意されていない医学部への進学のための理科3類に息子3人を合格させた佐藤亮子氏。彼女が、『受験に恋愛が無駄です』と語ったことで話題をさらいました。

その反応の多くは否定的なもので、中には『受験しかできない人間』などとその人間性までを批判するものまで目立ちました。息子を東大に合格させた母親、というジャンルは日々そのノウハウ本が出版されるなど注目を浴びる一方で批判の的になることも非常に多く見受けられます。それだけにナイーブな側面があるのではないでしょうか。

批判はそもそも嫉妬や自尊心の保護でしかない

ただし、残念ながらこの佐藤氏への批判は基本的に受験に関することではなく、”受験のために何かを犠牲する”べきなのかやその受験に対して情熱をかける姿勢へと及びました。『受験(のためなら受験時)に恋愛は無駄です』と言ってるにもかかわらずその発言の是非ではなく、そういった姿勢に批判が及んでいるのは何か論点がずれているように感じます。

基本的にお金、学歴、性(モテるモテない)にはこういった批判が及ぶことが多いです。これが逆に高校野球の強豪校が『我々の高校では野球に集中するために恋愛を禁止しています』だったらむしろ美談になっていたかもしれません。なぜならどれだけ野球がうまくてもそれを嫉妬する人はいないからです。

それはなぜかというと、野球はみんながやりたいしうまくなりたいものではないからです。別に自分は野球をするわけではないから同じ物差しで劣っているわけではないし嫉妬の原因にはならない。でも、みんなお金を稼ぐために頑張るし最低限必要だし、みんな勉強をしてできることならいい学歴を得なきゃいけない、みんな基本的には恋人が欲しいし最終的にはほとんどが結婚というゴールを迎える。これらっていうのはどこまでいっても人間ほぼ全てがみんな頑張るものだから優劣が目立ちやすい、だから『お金(もしくは学歴、モテること)なんてどうでもいい…』という風にわざわざ言うわけです。

だって『野球ができることが全てじゃない!』なんて息を荒くしてプロ野球選手を批判する人はいないでしょう。実際にそうだと分かっているからです。お金、学歴、性はそれほどに人生のウエイトを占めているから手に入らないは『それが全てじゃない!』と必死になって否定して自分のプライドを守ろうとするわけです。今回の批判もそういった類のものです、学歴は一生残るステータスですからそれほどに人々は反発するものでもあります。

じゃあ『受験に恋愛は無駄』なのか

一応私自身は難関私立進学校と言われるところにいました。もちろん灘と比べたらまあレベルの低いところですが、名前は誰もが聞いたことはあるでしょうし東京大学理科3類の100人の中に人材を輩出してもいます。
その中で、正直な話として恋愛が受験に対して無駄かというとそれはもちろん間違いなく無駄でしょう。恋愛なんかしない方がいい大学に合格できる確率は上がります。これはそれなりのレベルで最低でも1日6時間くらい勉強を続けた人間なら間違いなく思うところではないでしょうか。

もちろん、彼女と一緒の大学に行きたいから勉強した、とか彼女にいいところ見せたいから勉強した、とかそういったプラスの効果が出てくる可能性自体は否定しません。否定しませんがそんなものより、『くっそー、いい大学に入ってモテてやる!』というエネルギーの方がはるかに強いのではないでしょうか。
少なくとも受験においては恋愛は無駄です。ずっと彼女(男性なら)と仲良くいるためには時には機嫌をとるために予想外の時間を取ることもあるし、ついつい彼女といる時間を優先してしまったりそんなことの方が多いでしょう。

受験に必要な要素で理性は非常に重要なウエイトを占めますが、これがなくては自分を律して勉強に励むことはできません。なんせ勉強するより楽しいことを我慢して勉強しなくてはいけないのですから。その理性と恋愛におけるスイッチとなる感情は全く相反するところにあります。頭の中が恋愛によって感情に支配されればされるほど勉強をするための理性がなくなるわけです。

受験のために恋愛を犠牲にすべきなのか

では、本題ですがはたして『受験の無駄である恋愛を犠牲にすべきなのか』。
受験で結果を出すために恋愛までを犠牲にすべきなのかということです。嫉妬にまみれた方たちが『受験のために恋愛を犠牲にするなんてかわいそう』という批判を投げかけますが、それははたしてどうなのかという話です。

実は、東大合格者数トップ10校のうち、渋谷教育学園幕張中学校・高等学校と東京学芸大学附属高等学校を除く8校が男子校と女子校(男子校が7、女子校が1)となっています。特に中学受験者の中では偏差値が60を越えだすとそもそも男子校や女子校がほとんどで共学は2割程度も存在しないのが現状です。進学実績を作る上ではできるだけ恋愛から引き離してしまった方がいいという事実を表しているでしょう。

では男子校は何かを犠牲にしているとそうでもないような気がします。男子校より共学が楽しいかというとそうでもないですし、煩わしさという意味では男子校は同性のみなので非常に快適です。彼女だって文化祭に女子高生がきたり、塾でできたり可能性自体はあります。
もっとも、共学であることによって毎日のように女性を気遣う経験をしてくることに比べたら将来的に対女性で困ることはあるかもしれません。とはいえ、男子校を出るような社会的にレベルの高い大学へ進む学生は職場も男性が多いことが多く、少なくともそこまで弊害になることは無いでしょう。

問題はプライベートにおける恋愛の面が潤わないということです。男子校にも女性慣れした生徒はいますし、モテる生徒の数は女性と変わらないのではないかと思います。ただ、モテない生徒は普通より多いのではないでしょうか。やはり思春期に女性と関わる経験がないと女性とのコミュニケーションについては多少劣ることでしょう。それがどれだけ生活の豊かさに直結するかは分かりません。なんだかんだ定量的に幸せを測ることはできませんし、それについて正解を出すことはできません。ただ、高校3年生で彼女がいることによるメリットよりもいい大学に入る可能性を上げるメリットの方が大きい気もします。それでお金を稼げるようになればその方がもっとモテますから。