グノシーがかつて目指したその壮大な計画とは


あなたはグノシーという企業をご存知だろうか。
もし知っているのならば、この企業に寄せられた大きな期待を覚えているだろうか。

グノシーの現状

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株価を大きく下げ今後が危ぶまれるグノシー。 そんなグノシーの低迷を物語る1つの数字がある。 グノシー株大暴落 今年4月に上場したグノ ... 続きを読む
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グノシーの現状というのは論ずるまでもないことである。2015年4月の華々しい上場から上場ゴール案件として揶揄されるまではそう長くはなかった。それからというもの、株価は大暴落を続け、市場からの評価は散々だ。営業成績はというものの、黒字を保っておりそこまで悪くはないように思えるが、そもそもの経営規模に対してついた株価があまりに大きすぎた。それほどまでに期待されていたのがグノシーであったわけである。

では、なぜグノシーの評価がここまで落ち込んだかというとそれはシンプルで、CM戦略によってユーザーを獲得したもののそれが定着しなかったからである。つまり、これ以上ユーザーが増えることはないと市場が読み、グノシーの限界がある程度見えてきてしまったからである。市場がグノシーにつきつけた評価がそれである。

『Gunosy5000万人都市構想』

実は我々も2014年の暮れから2015年の上場する前くらいまでは市場と同じように、もしくはそれ以上にグノシーの可能性を感じていた。その理由は『Gunosy5000万人都市構想』というグノシーの打ち出した壮大な計画にある。それは、都市という形をグノシーというプラットフォームになぞらえてサービスを打ち出していく形である。

その概要はこうだ。まず、都市を考える上で基盤となるのは駅、つまり交通機関である。交通のハブとなる場所、例えば多くの路線が乗り入れる新宿、渋谷、東京駅などには多くの人が訪れ多くの施設が集まる。それと同じように、グノシーというニュースアプリをきっかけにして多くの人が訪れる。ニュースというのは交通機関と同じように多くの人が毎日使うものである。そして、グノシーの中で様々な購買およびサービスが可能になるというものである。

いわゆる広告を収益モデルにするメディアというのは言ってみればテレビや新聞のようなものだ。情報を運んでくるしそこにこんな商品がお買い得とか、こんな新商品が出ましたという情報はあるものの実際に外に出かけない限り物を買うことはできない。ところが、このグノシーの構想では、例えばグノシーのアプリの中でそのまま買い物ができるようなつまりは駅にいったらそのまま色んなお店があって買ったりできるような形なのである。

グノシーの掲げる新たなマーチャンダイジング

スマートフォンになって、この「Search(検索)」というものの役割が非常にゆらいでいると私は考えております。どういうことでしょう?
Gunosyに見られるユーザー行動を例にして考えたいと思います。例えばこのような記事がGunosyで配信されたとします。
「こんな場所に行ってみたい、京都の絶景10選」
けっこうGunosyではこういう記事が配信されるんですね。そうすると、次に旅行をするときなんとなく「京都に旅行へ行ってみよう」などの欲求が想起されると思います。
その次にどういった行動がなされるでしょうか? (今までであれば)検索アプリを立ち上げて「京都 旅行」と検索したりとか、旅行代理店に行って「京都へ旅行したいんです」と言ってみたりといった行動がなされていると思います。
でも、それって本当に必要なんでしょうか? 例えば、Gunosyのなかでその記事を見たらそのまま予約・購買できる。もしくはGunosyの記事を見て簡単にプランの相談ができたり、旅行の企画が立てられる。

出典 http://logmi.jp/

これは、2014年11月11日に開催されたグノシーの事業戦略での代表取締役の福島良典の弁である。今まで検索という形によって行われていた顕在的ニーズの実現が、グノシーのプラットフォーム構想をもってすれば、その場でタップ1回で実現されるという。つまり、『あ、これいいな』と思ったものを検索して探す前にグノシーから差し出されているので検索の必要がないということである。

いわゆるテクノロジーの進化、特にスマートフォンによるスピーディーな行動によって今まで当たり前のように踏んでいた行動がなくなっていく。検索はその中の1つとしてある一定のマーチャンダイジングにおいて消滅するのではないかという仮説に基づいたグノシーのプラットフォーム構想であった。

仮にこれが可能なのであれば、グノシーの記事の中で京都の旅行にいくのもいいなと思ったら、その場でそのまま京都旅行の予約ができるようになる。グノシーという都市(プラットフォーム)の中で1つの購買が完結してしまうのである。ユーザーを集めるものの、広告という出口のみしか提供できないメディアが多い中でマーチャンダイジングがノンストップで行えるのであればGoogleや、今で言えばFacebookと肩を並べるプラットフォームになるだろう。

LINEになり損ねたグノシー

ここまでグノシーの『Gunosy5000万人都市構想』を振り返った中で1つ気付かないだろうか。
そう、グノシーのやろうとしていたことを別の角度からLINEが実現させていっているということである。弊誌で紹介した通り、LINEはEcosystemという言葉を掲げ、コミュニケーションの場としてユーザーを集める中で様々なサービスを提供している。その中で大きなウエイトを占めるであろうものが『LINE LIVE』である。LINEというアプリの中で様々なことが完結するようになっているのは明白だろう。

グノシーが駅を中心とする都市を目指したのに対して、LINEは友達とコミュニケーションをとる学校のようなものだ。人は必ず学校や職場など知り合いのいるところに集まる。その中でこんな番組見た?というような話題が出ることもあるし、この商品いいよとか勧められることもある。そんなEcosystemができているわけである。

なぜグノシーがLINEのようになれなかったかというとそれは非常に単純なことで、大元となるサービスにユーザーを集めることができなかったことにあるだろう。ニュースアプリをそこまで使うユーザー自体が限りなく少なかったことでその計画は破綻してしまった。
とはいえ、ではグノシーの目指したものが間違っているとはとうてい思えない。別の角度から新たなサービスがそれを実現するのかもしれないし、はたまたLINEが全てを飲み込むのかもしれない。