現代の社会は知能で分断されている


階級化社会というのは1つの問題であるように思える。
その中で、現代の社会は資産や給与の多寡ではなく、知能によって分断されているという仮説が存在するのだ。

多くの国で進む階級化

多くの先進国ではどんどんと”階級化”が進んでいる。階級化が最も謳われるのはイギリスで、伝統的な貴族階級が国家を支配するのはお馴染みである。高校の段階ですでに学力以外に家柄などの要素を求められそれを満たさないと入学を許されない。ヘンリー6世によって1440年に創設されたイートン・カレッジでは学費が年間430万円。成績優秀者が選ばれる監督生や生徒会は制服が異なるなどまるでハリー・ポッターの世界を地で行くような世界観である。イギリスだけではなく、アメリカなどもまた階級社会が存在する。

社会が成熟するにつれ、平等であるように思われるも階級が固定されるという現象が起こっている。その階級が世代を通して固定されるかはともかく、階級によって人々が分断されるという現象は多く観測されている。階級ごとに社会が異なり、階級の違う人間が関わることは少ない。

階級を明らかにした統計調査

アメリカの作家チャールズ・マレーはアメリカにおける階級社会を示すために世帯所得と郵便番号(つまり住んでいる地域)の統計調査を用いた。そのことによって、知識層とそれ以外が全く異なるコミュニティに属し接することなく生きていることが明らかになった。

アメリカ各地で知識層の集めるエリアを『スーパーZIP』と呼ぶのであるが、このスーパーZIPが最も存在するのがワシントンであり、次いでニューヨーク、サンフランシスコ(シリコンバレー)、さらにはロサンゼルスやボストンとなっている。
ワシントンは政治に特化した都市であり、国家機関のスタッフにシンクタンクの研究員、コンサルタントなど高い知能と学歴を有する人々が集まる。ニューヨークには金融、シリコンバレーには情報産業というそれぞれの産業の中心になっており、ロサンゼルスはエンターテイメント、ボストンは教育である。

そして、そこに同じ層でコミュニティが形成されるのは非常に簡単な理由で、『同じような人と集まる方が楽しいから』だという。たしかに年収が10倍も違う人が付き合おうとしても金銭感覚が一致しないだろうし、高卒とハーバード卒の話題は違う可能性が高い。シンプルに、同じ人々が付き合う方が楽しいという理由から階級差は実現される。ワシントンの物価は高いだろうし、ランチは平気で30ドルする。そこに1日80ドルほどで生きている人々がわざわざいく理由はないだろう。

スーパーZIPと呼ばれる階級

もちろん、これがそのままいわゆる『階級社会』を表すわけではない。一般的に問題視される階級社会は、低い階層にいる人々にとって這い上がるチャンスがなく、貧しい生活を強いられるようなことを指す。この階級社会はどちらかと言うと人は同じ階級に閉じこもりがちということをむしろ指しているだろう。収入を増やしたかったら、ワシントンやニューヨークにいけばそのチャンスは増えるだろう。しかしそれは起こらない。

そして、これらの階級社会が示すことはあらゆるサービスやプロダクトが階級ごとに分かれるのではないかということだ。例えば、ワシントンとマイアミのレストランの内容は違う。そこにいる人々の種類も違うのだからそれは当たり前のことだ。これからあらゆる事業者はそうした分かれた階級を意識した上でサービスを行うことになるだろう。非常に面白い話が1960年代くらいまでは貧困層と富裕層の文化は同じだったという。日々の生活や余暇の過ごし方は変わらなかったが、徐々にそれは変化を持ち始め、1980年代以降には大きな差が出ている。

新上流階級と呼ばれるスーパーZIPに過ごす人々は、ファストフード店にはいかず、アルコールももっぱらワインでタバコは吸わない。新聞の購読が減る中で新上流階級は新聞を日課にしている。テレビは見ず、休日は大自然に囲まれて過ごすことが多いという。こうした変化が生まれている。全員が同じ形の幸せ、楽しみ方を過ごしていた頃とは変わっているのだ。階級化はもしかするとマーケティングの複雑化を生んでいるのかもしれない。