FinTechという言葉はその本質がなかなか理解しにくいものでしょう。
今巷で騒がれてはいるものの、そうした風潮に対しては残念ながら冷ややかでいざるを得ません。
FinTechはどこへ?
最近どこでもFinTech、FinTechという言葉を聞きます。またこの言葉も1つのバズワード(実際の影響力以上にその言葉が独り歩きし、それと相反するように実態を理解するものは少ないことを揶揄する言葉)と化したようです。
多くの人がこの言葉を使いたくなる理由には、シティバンクのレポートなど、衝撃的な予想が多いことにあるのではないでしょうか。このレポートでは、今後10年で欧米の銀行員の3割がスタートアップに職を奪われるというものでした。
では、今現在FinTech企業として有力なスタートアップはどこでしょうか?
もしかするとなかなか出てこないのではないでしょうか。SquareやStripeなどがその一例として挙げられるかもしれません。中国のFunding CircleなんかもP2Pレンディング(貸し手と借り手をそのままつないで融資を行う方法)の企業として有名ですね。
では、これらの企業はGoogleやFacebook、Amazonのようになる可能性はあるのでしょうか?
誰もがそう考えるように、私もそこまでのポテンシャルがあるとは思いません。FinTechというテクノロジーによって、誰もがググるという言葉を使うような、Facebookが世界中のインターネット人口の3分の1ほどのユーザーを獲得するような、Amazonによって各地の書店が廃業に追い込まれるような、そんな可能性を感じたことはありません。
FinTechが狙う領域とは
SquareもStripeもジャンルとしては決済です。しかも、クレジットカードという仕組みを利用したインターネット決済です。(カードリーダーで決済をしたりしますが処理的にはオンラインでの決済と言えるでしょう。)
つまり、あくまでクレジット決済という仕組みの中の便利なツールなわけです。iPhoneという小さなデバイスの中にあらゆるアプリが詰められていることと比べるとやや小粒のようにも思えるでしょう。
そもそも、金融というジャンルは、2つの『お金をどこに置くか』と『お金をどうやって決済するか』に分かれます。前者は銀行(お金を預かり貸し出す)や証券会社(お金を運用し投資する)、後者はクレジットカード(決済を行う)や電子マネー(事前にお金を預かり決済をする)ということになります。
日本で言うと銀行の市場規模は21兆円ほど、証券会社の市場規模は4兆円ほど、クレジットカードは1.4兆円ほど、電子マネーは0.15兆円ほどということになります。予想できたように、銀行業の市場というものが非常に大きいということが言えます。ちなみに、アメリカのAppleの売り上げは年間で5.6兆円ほどです。
この銀行の市場をとることができなければ、FinTechは金融業界を脅かすほどではないということが言えるのではないでしょうか。
FinTechはどの領域で活躍できるのか
では、シティバンクが語るような銀行員の3割が仕事を奪われるという事態はどのようにして生まれるのでしょうか。1つに考えられるのはスタートアップの生み出した市場によって、銀行そのものの売り上げが3割くらい落ち込むという可能性です。それはつまり、先述のFunding CircleのようなP2Pレンディングによって融資業務が他のスタートアップにとって代わるということがあるでしょう。
はたして、それは現実的なのでしょうか?
まず、銀行業については非常に強い利権が存在します。預金準備率というものがあり、融資額に対して(厳密には通帳に書き込まれている総額)その金額の分だけ現金が存在すればいいという決まりが存在します。つまり、それが2%だたとすると、1兆円の預金があったら、50兆円を貸し出すことができるということです。もし利息を年率5%だとしたらそれだけで2.5兆円です。1兆円の預金に対してその2.5倍の売り上げが毎年上がるというとんでもない仕組みなわけですね。この仕組みは銀行業でなくては真似ができません。
では、FinTech銀行が誕生するのでしょうか?それが銀行の3割を食うのでしょうか。では、『新しい銀行ができたからそこに預けよっと♪』と消費者がなるかを考えてください。ATMの数は少ないし、なんか聞いたことない名前だし、なかなか預金を集めることのできない可能性の方が高いと思えます。楽天銀行はそうした意味で楽天市場と提携して預金を増やそうとしていますが、これができるのはAmazonやアリババくらいのものでしょう。
FinTechが銀行員を脅かす理由
FinTech銀行によって銀行のシェアを3割奪うという未来はなかなか難しいということが分かりました。私が考えるその3割というのはこれから話す部分です。
そのヒントがマネーフォワードの資金調達サービスにあります。マネーフォワードは会計クラウドサービスで、家計簿を作ったり、企業の会計が簡単にできたりするわけです。その会計情報を利用してより速く企業の信用を判断することができる(貸したお金を返してくれるか)というサービスです。
このサービスの中でお金を貸すのは銀行です。つまり、FinTech銀行ができるわけではなく、従来の銀行業務の中にFinTech的プロセスが加わるという形になるわけです。今まで、融資に関する審査はその貸し先の業界(不動産や工場など)に詳しいベテランの銀行員が長年の経験に基づいて行っていました。つまり、人間の頭でやっていたわけです。これをコンピュータに、もっと言えばビッグデータに基づいて正確な判断を下せる人工知能にやってもらうというわけですね。
その他、あらゆる業務を簡素化することがFinTech企業の提供するソフトウェアやシステムによってできる可能性があります。こうした部分が銀行員の3割が失業するという予測になっているのでしょう。銀行がやばくなるというよりは、人間の行っていた業務の3割が機械になると考えた方が自然でしょう。
FinTechに求められるデザイン思考
それでは、FinTech企業の将来性を考えたときにそれはあくまで限定的であるということは分かるでしょう。
銀行のシェアを奪うことはなかなか叶わない(銀行員の仕事をこなすことはできるけど)ということで、あくまで銀行の天下は終わらないわけです。主たるFinTech企業も現状存在しない日本では特にそういったことが言えるのではないでしょうか。
金融は『お金の置き場』か『お金の決済』の2種類であることは言いましたが、お金の置き場である銀行のようにお金を置いてもらわなければなかなか大きな市場を獲ることはできないわけです。しかし、それははたして本当にできないのでしょうか。
私は一預金者として、今の銀行が決して完璧だとは思いません。わざわざキャッシュカードを持ち歩くのも、振り込みをパソコンからするのも面倒で仕方ないわけです。こうした部分を、”Appleが圧倒的に直感的で使いやすいiPhoneで世界のガラケーを一新したように”よりユーザーが使いやすい銀行を、そうしたアプリケーションを生み出せば、メインバンクは移り変わってもおかしくないのではないかと考えています。
ところが、今までの銀行業務への参入者は、融資によって得た利息の一部を預金者に返すとか、そうしたなんかメリットを前面に押し出す形で存在感を示そうとしたのです。これは間違いなくうまくいかなくて、預金者は別に預金によって利益を得ようとは思っていないのです。なんとなく、とりあえずどこかに預けようとしか思っていないのだから、それで利益が得られますよと言ってもそれはそれでなんか怪しく感じるわけです。
FinTechに従事する人というのは他の業界よりもより数学的にロジカルに考える人が多いのではないでしょうか。でも、預金者は別にそんなこと分かりません。使いやすければいいしなんでもいいのです。FinTech企業に求められるのはジョブズのようなデザイン思考、利用者に気持ちよく使ってもらえる仕組みなのではないでしょうか。