チケット転売が消えない理由とその問題点


今年8月、音楽業界4団体が国内アーティストやイベントから賛同を得て、
ライブチケットの高額転売に反対する共同声明を発表し大きな話題を呼んだ。
しかし、長くから続いている転売問題。果たして、転売業者による高額転売を大々的に批判したところで根本的な問題解決に繋がるのだろうか。

音楽業界団体が高額転売に対する共同声明を発表

「私たちは音楽の未来を奪う チケットの高額転売に反対します。」8月23日、日本音楽事業者協会、日本音楽制作者連盟など4つの業界団体が、国内のアーティスト、イベントの賛同を得て、チケットの高額転売に反対する共同声明を発表した。嵐、安室奈美恵、スピッツ、Mr.ChildrenやFUI ROCK FETIVALなどの有名アーティスト、イベントが賛同するなど、チケットの高額転売は音楽業界全体にとって大きな問題となっているのだ。

こうした声明を発表した目的は、ダフ屋が大量のチケットを買い占めて、正規のチケット価格の数倍~数十倍という高額で転売することにより、ファンが正規の値段でチケットを購入できないという事態を防止するためだ。

CDからライブへのシフト

近年になって転売問題が取り沙汰されるようになった理由として、音楽業界のライブにおける比重が高くなったことが挙げられる。現在、音楽市場ではCDは売れなくなり、逆にライブは今まで以上に人気になっている。
ここ十数年でCDの売り上げは大きく減少した。日本レコード協会が発表した「日本のレコード産業2016」によると、2015年度の音楽ソフト(オーディオレコード+音楽ビデオ)の総生産額は2544億円。1990年代後半のピーク時と比較して、半分以下の売り上げだ。低価格の音楽データを持ち歩ける現代では、パッケージングされたCDを購入する人は少なくなってしまったのだ。

一方で近年、右肩上がりに拡大してるのがライブ市場だ。ぴあ総研によれば、2015年、5万6042回(前年比3.0%増)の音楽ライブが開催され、観客動員数は前年比25.7%増の4486万人、市場規模は前年比25.2%増の3405億円と増加傾向にあり、2000年から推計をスタートして以来、過去最高記録を更新した。
このように、ライブ市場が急成長してるのはインターネットによって無料で音楽を聞ける環境が整ったために、人々の音楽の楽しみ方が「聞く」ことから「体験」することにシフトしたからだ。YouTubeやアプリ等を使って無料で音楽を聞いて、もっと聞きたければ曲を購入し、その音楽を生で体験したければライブに参加する。デジタルが主流になったからこそ、リアルにお金を使う人が増えているのだ。

フリマサイトの出現に伴う転売の激化

こうしたライブ市場の盛り上がりに伴い、ファンは人気アーティストのライブチケットを手に入れるのが難しくなった。そういった中で問題視されるようになったのがチケットの高額転売だ。
かつて、チケットはヤフオクなどのネットオークションで売られていたが、スマホが浸透するにつれて登場したのが、チケットキャンプやチケットストリートなどのフリーマーケット型の転売サイトだ。ネットオークションのように競売でチケットを購入する場合、入札から落札までに日数を要する。しかし、フリマサイトの場合、出品者が決めた額を支払えば即購入できるため取引きがスムーズで便利だ。出品や購入手続きの手軽さから利用者が増え、かつてよりも大量の転売チケットが出回るようになった。

しかし、こうしたチケットの転売を法律により取り締まることは難しい。各都道府県が定める迷惑防止条例によって、公共の場所でチケットを売りさばく転売業者を取り締まることは可能だが、オンライン上でチケットを高額で売りさばく転売行為を取り締まる法律はない。また、営業許可なく営業行為としてチケットを売買する行為は古物営業法違反だが、営業としての転売とそれ以外の転売の区別が難しく、必ずしも取り締まりに繋がるとは限らない。
チケットの転売が増加してきたにもかかわらず、法律では取り締まることができないために、手に負えなくなり、音楽業界団体は大々的なアクションを取るに至ったのだろう。

転売の問題点とは

チケットの高額転売が引き起こす大きな問題点は以下の二つ。
・ファンの負担が増え、ライブの参加回数が減る
・ファンがライブに参加できず、グッズなどの売り上げが減る

例えば、1年間に3万円だけライブにお金を使えるファンがいるとしよう。1万円のチケットが3万円で転売された場合、年に3回ライブに行くことができたファンは1回しか行けなくなってしまう。
また、転売業者は手に入れた大量のチケットをすべて売り切れるわけでないので、熱心なファンが座るはずだった席が空席になってしまう場合さえある。その場合、ライブに行けなかったファンはグッズを買うことができない。転売されたチケットを買ってライブに行けたとしても、チケット代に高いお金を支払っているために、グッズ代を出せなくなってしまう可能性も高い。

チケットが転売され価格が高騰するほど、ファンはライブから離れていく。好きなアーティストのライブに行くために転売のチケットを購入しても、そのお金は転売業者の元へ流れるだけで、アーティストやスタッフにも1円も入らないのだ。転売を野放しにしておく限り、ライブ市場は縮小し、音楽業界の衰退に繋がりかねないのだ。

転売禁止は善なのか

とはいえ、転売という行為を禁止することが音楽業界やファンにとって良いことなのだろうか。確かに、転売によって定価ではなく高額でチケットを購入しなければならないのはファンからしたら迷惑極まりない話だ。超人気アーティストのライブであれば、たった数千円のチケットが数十万円まで高騰することもある。

しかし、当日都合が悪くなったので他のファンに譲りたいという人や抽選で漏れてしまったけれどもどうしてもライブに行きたい人がいるのも事実である。こういう人たちにとっては転売は必要な仕組みであるし、多くのファンは求めていることである。実は転売サイトはキャンセルや譲渡ができないといったファンの不満を解消してきた面もあるのだ
さらに、転売業者に食い物にされる大きな原因は一番前の席も後ろの席も一律で同じ値段で売っているからである。ライブに行くファンはできるだけステージに近い場所で見たいもの。それにもかかわらず、一番前の席も後ろの席も定価で売るから、需給のバランスが崩れて、いい席を高い値段で売る転売業者にお金が流れるのだ。

つまり、ファンのためにも転売できる仕組み自体は必要であるし、転売業者が不当に利益を上げている原因を生んでいるのは、チケット流通の仕組みを整えてこなかった音楽業界にあると言えるのだ。チケットの高額転売問題を解決するのであれば、ファンも音楽業界も満足する仕組みを音楽業界自身が改革している必要があるのではないだろうか。

現状の転売対策は

もちろん、チケットの高額転売が頻繁に行われる人気アーティストやイベントではこうした転売への対策を行っている。アイドルグループ「ももいろクローバーZ」のコンサート会場では、入場者が正規のチケット購入者かどうか識別するため、顔認証システムを導入している。さらには、ファンクラブ会員内でマッチングシステムを導入しており、コンサートに行けなくなった場合は定価のチケットをファン同士で売買することができる。こういった万全な転売対策により、転売を抑止している。

しかし、転売への対策が厳しくなるほどデメリットも出現する。例えば、顔認証するためには、顔写真を登録するため、数カ月前からの予約が必要である。さらに、認証の費用はシステム利用料などとしてチケット代などに上乗せされる。ファンクラブ内でのチケットの交換や顔認証という仕組みは、転売を抑止する一方で、ライブへのハードルが上がり気軽に行きにくくなる、新しいファンの獲得が難しくなるなどの問題点があるのだ。

主催者側がオフィシャルなシステムを整備するべき

現状では各アーティストごとに転売への対策をしているが、アーティストにとっては必要以上にコストがかさんだり、消費者にとってはライブへのハードルが高くなっている。したがって、チケット発行を請け負う主催者側が消費者のニーズを満たすような効率のいいシステムを作り上げることが必要ではないだろうか。

まず、転売業者による高額転売を低コストで防止するには、スマホを使った電子チケットによる本人確認が必要だろう。チケットが紙である限り、物理的にチケットは交換可能なので、電子化することで主催者を通さない限り交換ができないようにする。現在では、様々なIT企業がQRコード認証とM認証を利用した電子チケットを発券するサービスを提供している。こういった仕組みを主催者側が大々的に導入できれば、アーティストごとにファンクラブに登録したり、顔写真を設定するなどの手間が省ける。
転売防止に加えて、ファンがチケットの譲渡や売買を自由に行える仕組みが必要だ。もし、チケットをキャンセルしても、主催者側がそのチケットを引き取り、時期や空席の数を配慮した価格設定を行った上で再販する。キャンセルではなく譲りたい相手がいれば、定価で譲渡できるように主催者が仲介すればいい。さらに、その席の価値に応じて、価格を変えることも必要だ。高価格のプレミアシートだけでなく、ステージから多少遠いが低価格の席を作るなど若年層も意識した価格設定を行う。

これによって、転売業者や転売サイトが得ていた利益を回収できるので主催者、アーティスト側にお金が落ちるのはもちろん、ファンもチケットが一律に定価の場合と比べて各々の状況に合わせてチケットを購入しやすくなるだろう。公式サイドである主催者側がチケットの再販による手数料を受け取る仕組みを作った方が、ファンが安心して取引できるだけでなく、新たな収益確保にも繋がり、音楽業界にとってもメリットがあるのだ。こうした新しく手に入れた利益をライブの演出、機材等の投資していけば、音楽業界にとっても消費者にとっても良い結果になるはずだ。

テクノロジーによる問題解決を

物が溢れている現代においては、人々の関心は「モノ」の所有から経験する「コト」へ移ってゆく。人々は今よりも音楽やスポーツを含めたエンターテイメント体験にお金を払うようになるだろう。その際に、チケットの転売はまた大きな問題になるに違いない。2020年には東京オリンピックも控えている。それまでには、本当に行きたい人が適正な価格でチケットを購入できる仕組みを整備する必要がある。

いずれにせよ、チケットの転売の問題はモラルに訴えかけても無くなることはない。人を変えようとするのではなく、問題を引き起こしている仕組み自体を変えなければ、根本的な解決には至らないのだ。そもそも転売が大きな問題になったのは、ITによってチケットが容易に手に入る状況ができたからだ。テクノロジーの抜け穴によって起きた問題は、新たなテクノロジーによって解決すべきである。