Apple Payがここまで熱狂を呼ぶ理由


Apple Payが本日、日本で解禁となりました。
その日が来るや否や圧倒的なユーザーの熱量。はたしてなぜここまで愛されるのでしょうか。

本日Apple Pay解禁

本日2016年10月25日、Apple Payが日本解禁となりました。前々から噂になっていたApple Payですが、その反響はすさまじく、Apple Payを使うユーザーがたびたび報道される場面もありました。

とはいえ、日本のケータイにはおサイフケータイの機能がありそれを使えばコンビニの支払いに、改札を通ることもできます。おサイフケータイ自体は、2004年からスタートしていますからそれと比べると10年以上後れて出てきた機能がここまで人々を魅了した理由は何なのでしょうか。

Apple Payの機能はおさいふケータイと同じ

まず言える点としては、iPhoneユーザーにとってはおサイフケータイは遠いものであり、今まで使えなかったがゆえに非常に希少な存在であるということでしょうか。Androidではおサイフケータイ機能は搭載されていますが、iPhoneはその限りではありません。今まで使えなかったスマートフォン端末での電子マネーに大きく喜んでいるということなのでしょうか。

ただ、よく考えればそこまでしてコンビニや飲食店などのお店でスマホで買い物をしたり、改札をスマホでピッと通りたければAndroid端末を使えばいい話で、iPhoneを使っている以上そのユーザーである彼らはおサイフケータイ自体にはそこまで魅力を感じてはいなかったのでしょう。そう考えると、機能そのものは本質的なApple Payの魅力とは言えないような気がしてきます。
やっていることは実質的に言えば同じでもおサイフケータイに対してApple Payは驚異的なまでの熱狂が注がれるわけです。その理由はアップルというブランドに1つ秘密が隠されているのではないでしょうか。

アップルのブランド力

みなさんご存知の通り、iPhoneにMacBookなどのアップル製品は宗教とすら揶揄されるほどの熱狂的なファンがいます。iPhone7も発表と同時に予約が殺到しましたし、そもそもその商品の性能いかんに関わらず『アップルの作った製品が好きなんだ!』という消費者は多いわけですね。

おサイフケータイには熱狂的なファンはいません。でも、アップルのApple Payに対しては熱狂的なファンがいる。これは1つの理由と言えるでしょう。『おサイフケータイはダサいけどApple Payはクール』そう語る人もいそうです。
そう、”クール”という言葉にある種のヒントがあるような気がしてきます。

一つ一つが快感になりうるApple Pay

おサイフケータイとApple Payは同じことをしていますが、だとしても消費者の感じ方は違います。それは、クールであるかクールでないかなのかもしれません。
それはブランド力という言葉だけでは片付けられないApple Payのクールさ、デザイン性を意味します。


出典 http://www.apple.com/

この動画を見れば分かるように、Apple PayにSuicaを入れる方法は非常にシンプルです。さらに、Suicaをチャージしたいときには、クレジットカードからチャージができるようになっており、コンビニや券売機へ足を運ぶ必要が一切ないようになっています。
この”Suicaの上にIiPhoneをかざす”というたった1つの行為でSuicaがiPhoneの中に入る(厳密にはSuicaのデータをiPhone上で管理できると言った方が正確かもしれません。)という現象は非常に近未来で我々をワクワクさせるような体験があります。

設定が圧倒的に容易なのが強み

そういった意味で言えば、Apple Payの方がおサイフケータイよりも圧倒的に設定が容易であることが言えます。

おサイフケータイでクレジットカードなどの登録をする際には、まずクレジットカードにQUICPayカードの発行を依頼し、郵送を待つ必要があります。そこまでに1週間~数週間かかるとされており、このあまりの時間の長さはおサイフケータイの広まらなかった理由の1つとして大きいのではないでしょうか。

対して、Apple PayのiDやQUICPayへの登録では、クレジットカードを用意し、Walletアプリからカメラでスキャン。そうすると番号などの情報が読み取られるのセキュリティコードを入力し、送信。カード会社から送られてくるSMSに書かれている確認番号で認証をすればものの見事に使用できるようになります。また、Apple Storeでの買い物などでApple IDをすでに登録している場合、そもそもカードが自動で設定されているのでスキャンするくらいでこの手続きすら必要ありません。


出典 http://www.apple.com/

圧倒的な速さでクレジットカードを登録できるのが見て取れます。

細かなデザイン性でもおさいふケータイと異なる

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出典 http://www.apple.com/

Apple Payのデザイン性は細かいところに現れています。こちらが、Apple Pay上のクレジットカードなどの画面ですが、クレジットカードそのものが画面の中に飛び込んだようなデザインです。こうしたカードそのものを表示するような仕組みはおサイフケータイにはありません。ただただ一覧で表示されるだけです。

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Suicaを使って改札を通る際にもこうしてカードが表示されます。こういった細かい仕掛けはユーザーにとって、Apple Payを使って買い物をしたくなるような快感を与えるのではないでしょうか。
こうしたユーザーの体験やデザイン性においてApple Payはおサイフケータイより優れているということが言えそうです。

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左がおさいふケータイの画面で、右がApple Payの画面です。Apple Payの方がより直感的であると言えるでしょう。

おさいふケータイが上回るのは電子マネーの数

Apple Payが劣っている部分も当然存在します。おさいふケータイに軍配が上がるのが、対応する電子マネーの数です。Apple PayでもSuicaなどは対応していますが、nanacoにWAON、楽天Edyなどはおさいふケータイでしか使えませんので、基本的にはクレジットカードを用いてiDやQUICPayなどで支払うか、Suicaで支払うかということになりそうです。

また、心配されているスマートフォンの電池切れについては、0%になって電源がオフの状態でも内部のバッテリーに微量に残る充電で機能するため、電車を乗っている間に、外出の際に、充電がなくなってしまったどうしようということはありません。ただ、電源がオフになってから長い時間放置しておくとその充電すらもなくなるため使用ができなくなることがあります。
おサイフケータイでそのような問題は聞いたことがありませんし、多くの人がスマートフォンは毎日充電するためおそらく問題はないと思っていいでしょう。

あらゆる支払いはApple Payで

その他の点においては、拡張性においてApple Payは大きくおさいふケータイを引き離しています。
例えば、JapanTaxiのアプリ『全国タクシー』では、Apple Payにクレジットカードが登録されていれば支払いが自動でできるようになっています。タクシーを配車して、乗って降りる。支払いがApple Payが勝手にやってくれます。お釣りがないと揉めることももうありません。こうした事例が広がればいちいち多くのアプリでクレジットカードを登録しなくともApple Pay1つで全てまかなえるようになるでしょう。

今後、ほとんどの決済をスマホでという人も中には出てくるのではないでしょうか。まさにApple Pay恐るべしというところですが、日本でおサイフケータイが古来からある中でなぜApple Payがここまで注目され、ファンの心を動かしたかというのにはこうした理由があります。アップルの持つデザイン性や直感的な操作、体験は非常に強いですね。

決済スタートアップに漂う不安

現在、日本の多くのスタートアップが決済サービスに力を入れています。PAY.JP、Coiney、WebPayなど多くの決済事業者が存在するわけですが、はたしてApple Payの前にどれほどの存在感を示せるかには大きな不安が残ります。

実店舗での支払いについては、まだまだiDやQUICPayなどの手段はそう簡単に小さな店舗が導入できるとは限りませんしそういった意味では導入が安価で済むCoineyなどに軍配が上がりますから、完全にカニバる(競合するの意)ということはありません。ただ、大手のコンビニなどは多くのユーザーが使用するApple Payに当然迎合してきますし、そこは完全にApple Payに持っていかれるでしょう。もしかするとWAONやnanacoなどApple Pay非対応の電子マネーは衰退していくかもしれません。
そもそも、中小企業などを対象としたスタートアップ決済事業者である彼らはそこをターゲットとしていない気がしますが。

ECでの支払いがもう1つ大きなマーケットなわけですが、Apple PayがAPIを公開し、簡単なコードでApple Payによる支払いができるようになれば、ユーザーにとってもクレジットカードを入力する必要がない、そしてApple Payという安心感があるという意味で一瞬で市場をとれる可能性すらあるのではないでしょうか。
とはいえ、それについてもEC事業者はPCのユーザーにAndroidのユーザーも想定しなくてはいけませんからApple Payだけで決済が完全に対応することもありませんし、今すぐにApple Payが全てを飲み込むということはないでしょう。

なお。PAY.JPはすでにApple Payに対応しており、そういった意味ではアップル主導という形でECの決済が進むというよりも決済事業者はうまく共存するのかなとも感じられます。

FinTechの本丸は銀行や保険にあり

Apple Payは大きなFinTechの黒船となったわけですが、『この国のFinTechに限界があるわけ』で書いたように、金融の市場において大きなマーケットを占めるのは銀行と保険です。決済は未開拓であることから大きな伸び代があるという点でスタートアップにとってもののあくまでFinTechがディスラプティブな存在になるためには銀行という存在を無視することは到底できません。決済だけならばただの電子マネーの延長です。

とはいえ、周知の通り銀行業は参入障壁も高くさらに預金者からすればとてつもないコモディティなサービスであるがゆえに市場を取るのは非常に難しいでしょう。仮に預金金利が2倍の銀行があっても、10倍の銀行があっても多くの消費者はメインバンクを変えることはしないわけです。預金残高を集めることができなければ銀行業のディスラプトは叶いません。

銀行をディスラプトするのが難しい理由

FinTechに銀行業から乗り出しているのは、シャオミのSichuan Hope Bankや、ロンドンのAtom Bankということになるわけですが、そのヒントがApple Payにあったのではないでしょうか。

おさいふケータイ自体はだいぶ前からありました。ただし、Apple Payによって大きく状況は変わっています。このことが示すように、デザイン性や使い勝手などで一気にユーザーの関心は変わるのではないでしょうか。いわゆる既存の銀行をディスラプトするようなFinTech銀行に必要なのはユーザーを熱狂するまでの体験なのかもしれません。

いくら手数料が安くても預金金利が高くても消費者は見向きもしません。でも、デザインがクールだったり、直感的に使用できることでその快感を求めてユーザーが押し寄せる可能性があるのです。

FinTechのカギはデザイン性にある

Apple Payにおいて顕著なのは、それを嬉々として使っていたのが、一般的にリテラシーが高いとされるアーリーアダプターであったということです。リテラシーの高い彼らはブランド力やデザインなどになびくことなく、機能性やそのものの価格、お得さに対して反応すると言われています。(いわゆるリテラシーの低い層ほどなんとなくブランドや見た目で商品を選ぶと言われています。)

おさいふケータイでおおよそ同じことはできます。設定が面倒でもアーリーアダプターには簡単にこなせることでしょう。それでも、彼らはApple Payに飛びついた。我先にと改札をスマホで通った。優れたデザイン性や体験はそうしたリテラシーの高い層を動かすことができるということです。

それは、今後開拓すべき銀行や保険といった市場にも言えるのではないでしょうか。ただお金を払うだけでも、ただ改札を通るだけでもこうしてユーザーの興奮を生み出すことができるのだから、金融においてもヒントはそこにあるかもしれません。